彼女は敗北した。

魔を滅ぼす銀の刃と、時を操る能力。

その二つを持ってしても、目の前の吸血鬼には傷一つつけられない。

「ま、人間にしては頑張った方じゃない?」

彼女は自分の首が斬り飛ばされるのを覚悟した。

しかし、吸血鬼の少女は、こう言葉を続けた。

「あなたの力、私の元で活かす気はないかしら」




紅き月に契約のを〜




闇に紛れながら、彼女は人の血を糧とする者――吸血鬼を狩って生きてきた。

彼女の能力(ちから)――それは時間を操る事。

集中の度合いにもよるが、時を遅らせる事、早める事、果てには時を止める事すら可能であった。

 

その日、彼女が向かったのは「紅魔館」と呼ばれる館だった。

呼び名の通り全体が紅色に染められたそこには、紅い悪魔と呼ばれる吸血鬼が住んでいるという。

現在まで死者はほとんど出ていないのだが、血を吸われた者は数知れず。

そこで近隣の村は、吸血鬼ハンターとして名高い彼女を雇う事にしたのである。

 

「ようこそ、私の館へ」

紅魔館へ足を踏み入れると、館内に幼い少女の声が響き渡った。

「っ!」

彼女はすぐに身構える。

昼間とはいえ、相手の根城に正面から突入するのは無謀だったか。

ともかく、目的も方法も変わらない。全力で、殺す。それだけだ。

「あらあら、私を殺しに来たんでしょ?」

言いながら姿を顕す。声の通り、見た目は幼い少女だった。

「そうよ。こうやって――」

無駄話は不要。

時よ止まれ――
 

懐中時計を握りしめながら、集中し、念じる。

途端、世界が色を失った。

接近しつつ、ありったけのナイフを展開。

残った一本を手に持ち、吸血鬼へと突撃。

元いた場所に、トランプのジョーカーを残す。

意味はない。ただ、いつ頃からか、時を止めて移動する時はジョーカーを元いた場所に残していた。
 

――そして時は動き出す
 

「――ね」

心臓を狙い突きを繰り出す。

「あら、面白い手品ね」

しかし、ナイフは宙を貫くのみだった。

「なっ!? ……それでもっ!」

投げた無数のナイフが吸血鬼を切り刻んでいる――はずだった。

「っ……、あーあ、一発かすっちゃったわ」

確かに腕に一筋、火傷のような傷が出来ていたものの、それ以外のダメージは皆無だった。

彼女の必殺の攻撃、しかし目の前の相手には文字通りかすり傷しか与えられなかった。

「次は私の番ね」

そう言うと、吸血鬼は虚空から赤く輝く槍を取り出した。

「神槍『スピア・ザ・グングニル』――あなたはどこまで耐えられるのかしら?」

悪魔はニヤリと笑うと、怒涛の攻めを開始した。

音速の突きをナイフで受け流す。

すぐに次の攻撃。一撃一撃が速く、重い。

体が動く内に反撃しなければ――だが、吸血鬼の猛攻は止まらない。

その狂気の連撃に、ついに彼女は膝をついた。

すかさず神槍を眼前に突きつける。

「くっ、『ザ・ワー……」

「遅いわ」

槍が懐中時計を斬り裂く。

「これでチェック・メイトね」

彼女は敗北した。

 

 

夜の紅魔館。それは恐怖の象徴である。

彼女はその館の一室にいた。

目の前には吸血鬼の少女。

足元には魔法陣。

「さあ、始めましょう――契約を」

「はい」

元々他の人間との交流もほとんどなかった。

周りの人間は彼女の能力を畏れ忌み嫌い、意識的に彼女との距離を取っていた。

それに、その力は人よりも悪魔の持つ力に近い。

ならば悪魔に仕えるのもいいだろう――そう思い、彼女は契約を結ぶ事に決めた。

「私は吸血鬼レミリア・スカーレット」

「私は……」

名前など、なかった。

名乗らなければ、契約は進まない。

「咲夜」

「……え?」

「十六夜咲夜。それが今日からのあなたの名前よ」

十六夜の昨夜、つまり満月。朔夜、それは新月。

なるほど、時を操る彼女には相応しい名である。

「ありがとうございます。では続きを――私は十六夜咲夜」

彼女は忠誠の証として、その名を受け取った。

「紅い悪魔の名において、咲夜、あなたを私の従者にするわ」

そう言って、レミリアは咲夜の首筋に鋭く尖った牙を突き立てる。

「んっ……」

不思議と痛みはない。

吸血鬼は咲夜の血を飲む。

「……ぷはっ、美味しいわね、あなたの血」

「ありがとうございます」

「っと、契約の儀式だったわね。すっかり忘れてたわ」

そう言うと、レミリアは咲夜の首筋から滴る血を指ですくい取り、魔法陣の描かれた床に垂らした。

「咲夜、ナイフを貸してちょうだい」

レミリアは、咲夜に手渡されたナイフで己の右手首に切傷を作った。

「っ……!」

加減したとはいえ、銀のナイフだ。

灼けるような痛みがレミリアを襲う。

「これで……」

傷口から流れ出た悪魔の血が床へと滴り落ちる。

途端、魔法陣が光を放った。

この館の色、レミリア・スカーレットの色、そして血の色――美しい紅色の光が二人を包んだ。

 


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