思う過去、萃う今



「鬼はー外―! 福はー内―!」

子供達の笑い声が響く。

今日は節分。

里の寺子屋の前、ここでは生徒達による豆まきが繰り広げられている。

「賑やかですね」

そう言うのは稗田阿求。走り回る子供達と年はそう変わらない。

「お前も混ざればいいだろう?」

と寺子屋の主、上白沢慧音。

「いえ、私はいいです。体もそんなに強くありませんし……」

「そうか。無理はせんでいいが、楽しめる時は存分に楽しめよ」

「分かっています」

阿求は求聞持の力を受け継ぐ阿礼乙女である。

優れた頭脳を持つ代わりに、体は弱く、その命も短い。

「お、やってるやってる」

「よーう、ハクタクに求聞持の嬢ちゃん!」

そこに、鬼が現れた。

小さな百鬼夜行、伊吹萃香と怪力乱神の星熊勇儀である。

「お前らは……」

「あーっ、鬼だー!」

「ほんとだー! 角が付いてるよ!」

子供達は珍客に気付き周りを取り囲む。

「ああ、私達は鬼だ」

「あなたも鬼なの?」

「そだけど」

「ちっちゃいなー、私達と同じぐらいじゃない」

「小さい言うな!」

「いやいや、萃香は小さくて可愛いよ」

「んだとー勇儀、やるか!?

「お、久々に力比べと行くかね?」

「やめい、もしやるなら里から出てやってくれ」

見かねた慧音が仲裁に入る。

「っとと……、萃香、今日だけは勝負はお預けだよ」

「ん、そだね」

「ところでお前らは何をしに来たんだ?」

「決まってるじゃないか」

ニカッと笑いながら二人は応える。

『鬼として、退治されに来たのさ』


「痛っ……」

「流石に、ねぇ……」

一通り炒り豆を投げつけられ終え、寺子屋内へ引き返してきた二人は既にボロボロだった。

「すまないな……、しかし大丈夫かお前ら?」

「ああ、この程度なら……ふんっ!」

気合を込めると、見る見るうちに全身の火傷は消えていった

「こんな感じだよ。それに、これが昔から続いてきた鬼と人との付き合い方じゃないか」

「……」

その言葉に、慧音は黙ってしまう。

「なぁハクタク、話があるんだが……」

「恵方巻ですよー!」

阿求が他の子供達と共に台所から出てくる。

「ほら慧音先生も鬼さん達も手伝ってよ!」

「あ、ああ……」

「とりあえず、この話はまた後でっ……わわっ」

「ほらほらこっちこっち!」

勇儀は少年に引っ張られバランスを崩す。

萃香も似たり寄ったりな状況だ。

「これが、あの鬼か……」

生徒達に背中を押されながら、慧音は呟き、苦笑していた。


「いただきます」

『いただきまーす!』

そこからは、無言。

恵方に向いて、一言も喋らずに一気に丸かぶり。

これが由緒正しい恵方巻の食べ方である。

「ぷっ……、おい、笑わせるなよー!」

我慢しきれなくなった一人が声を出す。

「ハハハハハ、喋ってやんのー!」

「おまえもじゃん」

「残念、俺は食べ終わったぜ」

「ほら、お前らいい加減にしろ!」

『はーい!』

夕日が差す中、賑やかな夕食が続く。


『ごちそうさまでしたー!』

「気をつけて帰れよ!」

「うん!」

「慧音先生、また明日!」

子供達はそれぞれ自分の家へと帰っていく。

後に残ったのは、寺子屋の主、慧音と萃香、勇儀、そして阿求の四人だけ。

「さて、さっきの話に戻ろうか」

切り出したのは慧音だった。

「んー、あー、もう率直に言うわ。ハクタク、あんたが隠した鬼と人の関わりの歴史を戻して欲しいんだ」

「でも、そんなことをしたら……」

鬼の要求に慧音は渋る。

攫う者、退治する者の関係。そしてその均衡が崩れた結果起きた悲劇。

人を守るために隠し続けてきたものをここに来て曝け出せと言うのか。

阿求は三人の対話を懐から取り出した紙に記録している。

「大丈夫さ、人間はそんなに弱い生き物じゃない、それはあんたのほうがよく分かっているだろう?」

「しかし……お前らに被害が及ぶ可能性も否定できないのだぞ」
「大丈夫だよ。そんなに人間を信じられないのかい?」

「そういうわけではないが……」

「慧音ー! 飯ー!」

深刻な空気をぶち壊して、藤原妹紅がやって来た。

「ご飯っ、ご飯っ」

妹紅の後ろから現れたのは、あろうことか妹紅の宿敵とも言える少女、蓬莱山輝夜であった。

「言うに事欠いて飯とは何だお前ら……」

怒りに拳を震えさせながら、慧音。

「いや、さっきまで殺しあっていたからさ、腹ペコなんだ」

しれっと、妹紅。

「そうそう。だからご飯ー」

既に姫の威厳もなく、ご飯をねだる輝夜。

「さて、私達も呑むとするかね」

「そうしようか」

臨戦態勢に入る鬼二人。

「ども、慧音先生、鬼がいるってせがれから聞いたんで呑みに来ましたよ」

そういって乗り込んできたのは、ここで学んでいる子供の内の一人の父親だった。

「よっし、もっともっと萃めようか!」

「な、まさかお前が……」

「ああ、あいつの力だ」

そう言うと、勇儀は

「あと、さっきの話はとりあえず保留で頼むよ。次の機会までに答えを聞かせて欲しい」

と慧音の耳元で呟いた。

「……分かった。考えておく」

とりあえずは、そう答えるしかなかった。

「阿求、お前はそろそろ帰れ」

「あ、はい。さようなら、慧音先生。それに、勇儀さんと萃香さんも」

「ああ、また来ればいい」

「今度は呑もうな、嬢ちゃん」

「待ってるぞ!」

三者三様の別れの挨拶。

そうしている間にも人は萃まる。

いや、人だけではなく、妖怪達も。

今宵、月見酒の宴が始まる。

人と妖怪が萃い、共に騒ぐ宴が――。